PIERROT × DIR EN GREY【ANDROGYNOS – a view of the Megiddo -】ライブレポート公開

対峙する双丘と、その谷あいにて熾烈に繰り広げられた一大叙事詩。二夜にわたったその光景を目の当たりにしながら、ひしひしと感じたのは…ふたつのバンド内側にそれぞれ息づく熱き魂や誇り高さであり、それらをこよなく愛する人々が発する強い念であった。

 通称・丘戦争。このたび、横浜アリーナにて【ANDROGYNOS – a view of the Megiddo -】および【ANDROGYNOS – a view of the Acro -】と題され、PIERROTとDIR EN GREYが7月7日から8日にかけて行った希代のツーマンライヴは、その開催が明らかになった時点から、SNS上でもさまざまなかたちで「このヴァーサスがいかに意義深く意味深いものであるか」が論じられ、語られてきていた点からも、かなり特殊な催事であったことがわかるだろう。 しかも、音楽ファンのみならず“彼ら”に影響を受けたことで、今現在バンドマンとなり第一線で活躍している人々もtwitterなどでこの件に言及していた例は多く散見されていた。つまり、これははなから伝説になることが約束されていたライヴだったとも言える。

 では、そもそも“丘戦争”とは何なのか?これは、ともに90年代後半のシーンにおいて二大巨頭とされながら活動していた両者が、偶然にも共に丘をモチーフとした楽曲を作っていたことに起因する。具体的には、PIERROTの「メギドの丘」とDIR EN GREYの「アクロの丘」(当時のバンド表記はDir en grey)がそれにあたり、たとえ両者のコアファンでなくとも、その事実自体は当時からバンギャル/ヴィジュアル系ファンの間で広く認知されていた、という経緯があることをまずは再確認しておきたい。

 また、90年代後半から2000年代初頭にかけてはPIERROTファンを意味するピエラーと、DIR EN GREYファンを総称する虜が、いつしか「こちらのバンドの方がより勝っている」とでも言わんばかりに張りあい反目しあう、という謎の対立構造が勃発していたことも忘れてはならない一件で、その当時から抗争にも近い雰囲気が原宿の神宮橋の上などにおいて、コスプレなどをした狂信的ファンたちの間にそこはかとなく漂っていたフシもある。(なにしろ、当時はまだインターネットが完全普及はしておらず、V系ファンは週末ごとに神宮橋に集って情報交換をしたり、親睦を親睦を深めるというのがお決まりの行動パターンだったのだ)

 しかしながら。シーンの一翼を担っていたPIERROTは、その後2006年春に惜しまれながらも解散。メンバーたちはそれぞれにあらたな道を歩みはじめ、現在に至っている。と同時に、この2006年という年はDIR EN GREYにとっても大きな節目となった時期で、この頃からバンドロゴを大文字表記に統一し、欧米でのツアーやフェス参加を積極的に行っていくことで、唯一無二の日本発モンスターバンドとして名を馳せていくことになったのは、もはや世界中の音楽ファンが広く知るところのはず。

 そんな、何かと因縁だらけにして曰く付きの両バンドが顔を揃えることは、往時でさえ一度たりとも無かったというのに。2017年を迎えたこのタイミングで、今や世界規模の人気を誇るバンドとなったDIR EN GREYと、このイヴェントの為に2014年以来の奇蹟に近い限定的復活を果たすことになったPIERROTが一堂に会するというのは、やはり異例中の異例でしかない。

 なお、このイヴェントの開催に際しては、運営側が事前に発表していた客席案内図などにも“丘戦争”の件を巧みに煽るような遊び心がちりばめられていたりもしたのだが、いざフタを開けてみると、双方のアーティスト側自体は至って真剣にこのステージへと臨んでいることが即座に判明した。

 まず、7月7日の【ANDROGYNOS – a view of the Megiddo -】で先攻をとったDIR EN GREYについては、2004年に発表された「朔」の10年後を描いてあるという「Revelation of mankind」(2014年発表)で、ShinyaとToshiyaの編み出す重く刺々しいリズムを軸としたラウドサウンドと、生々しくショッキングな内容のMVにより初っぱなからオーディエンスを急襲。

 かと思えば、Dieの弾くアコギと薫の織りなすギターフレーズが深遠なる響きを醸し出した「空谷の跫音」では、聴く者の精神まで浸潤するような歌を京が聴かせてみせることで、いちロックバンドとしての懐の深さを感じさせる一幕も。 さらには、サビを観衆が大合唱することになった「THE FINAL」や、アグレッシヴでいて開放感に満ちた「CHILD PREY」では、横アリ全体がDIR EN GREYのワンマンと見まごうような一体感に包まれており、5人の放つその威風堂々としたたたずまいからは、第一級のライヴバンドだけが持つ貫録を強く感じさせられることになったのである。

 それでいて、なんとこの夜は終盤に意外な展開も待ち受けていた。「ピ…ピエラー?の皆さん…こんにちは。DIR EN GREYです、よろしく」 ややはにかんだ表情をみせながら、フロントマン・京がこのような一言を発したその瞬間、筆者の近くにも「しゃ、喋ったー!!」と狂喜乱舞している虜の方の姿を確認。ちなみに、このくだりについては当日のtwitter上にて“京”と入力すると、自動的に“喋った”という予測検索ワードが出て来てしまうくらいに、相当レアな事象であったようだ。

「……かがっでごぉぉいい゛っ!!」 和やかな挨拶ぶりとは一転して、京の咆哮から始まった15曲目の「激しさと、この胸の中で絡み付いた灼熱の闇」において、全てを吐き出すようなパフォーマンスを完遂したのち、メンバーがそれぞれにみせた笑顔や、充足したような表情。これらは、そのままこのライヴの成功を物語っていたに違いない。 一方で、完膚無きまでにDIR EN GREYが完全支配してしまった、この横浜アリーナの大空間とそこに集った観客たちに対し、後攻のPIERROTが指した一手も実に巧妙であったと言うほかない。

 何故なら、PIERROTは記念すべきこの夜を飾る1曲目として、その名の通りにフロントマン・キリトの見せるフリが楽曲を牽引する「MASS GAME」を選んでいたのだ。これはつまり、“PIERROTの統率力と、それに従うピエラーの結束力”を冒頭から誇示するための方策であったのだと思われる。

 実際のところ、彼らが現役で活動していた当時に「PIERROTのライヴは、ピエラーの動きが揃い過ぎていて宗教会合のようだ」という評判が、良くも悪くも方々であがっていたのは本人たちもよく知るところ。だからこそ、“キリトのフリに合わせた一糸乱れぬマスゲームのごときピエラーのノリ”は、PIERROTにとって重要な武器でもあった。それを敢えてこの時代、そしてこの場で体現することにより、PIERROTはPIERROTとしての存在感を再定義してみせたのだ。「ピエラーちゃん狂ってますか!そして、虜ちゃん。狂ってますか?オマエら、なんだかんだ言っても一般社会からみたらタダのおんなじキ○ガイなんだよ(笑)。狂った者同士が集まって、ここに何をしてに来たんですか!暴れに来たんだろ!狂っちまおうぜ!!」

 人心掌握の術に長けたキリトらしいMCにより、このとき一気に場内が抗争モードから共闘モードへと切り替わったことを感じたのは、何も筆者だけではあるまい。潤の紡ぐメインリフとアイジの刻む歪んだギターが炸裂した「*自主規制」から、TAKEOの叩き出す律動とKOHTAの生み出すグルーヴが聴衆のテンションを爆上げした「蜘蛛の意図」にかけての流れはとにかく秀逸の一言。それぞのメンバーは現役であるといえども、バンドそのものとしては決して現役といえないPIERROTが、ここまでの凄烈なポテンシャルを持っていることに驚かされた。

「うん、非常にイイと思います。戦争とはなっていますが、もはやこれは戦争ではないです。君たちはもう、ひとつに融けてしまっているんですよ。メギドとかアクロとか、何なんですか(笑)?最初はみんなひとつだったんです。俺たちもオマエらも、最初はひとつだったんです。だから、ここでまた最後はひとつに戻りませんか!」

 このキリトの言葉を受けてアンコールにて演奏された「HUMAN GATE」が、ひときわ高らかに聴こえたとき。もともとあったはずの垣根や線引きはなくなり、そこには誰もがその空間で音楽を楽しんでいる、という素晴らしい構図が生まれていた。

 さて。このレポートについては、編集サイドから基本的に「第一夜についての記事」を依頼されているため、このあたりでそろそろ締めくくりとしたいのだが…どうしてもこれだけは付記しておきたいことがある。 それは、第二夜【ANDROGYNOS – a view of the Acro -】において、PIERROTが〈約束のあの丘で〉という一節を含んでいる「クリア・スカイ」を演奏し、対するDIR EN GREYが「アクロの丘」を演奏した、というトピックについてだ。

 同時代を生きた(生きてきた)バンド同士が、それぞれに今置かれている状況は違うにせよ、この丘戦争なる場で真剣に勝負をし、共に真っ向からぶつかりあったというこの歴史的事実は、これからもシーンの中で長く語り継がれていくであろうと確信する。 と同時に、結果としてはこの戦いに勝ち負けがついたとはとても思えず、両者互角というよりは、むしろwin-winの理想的顛末を迎えたあたりもこの両者ならでは、といったところ。「戦いは何も生み出さない」と良く聞くあの言葉は、PIERROTとDIR EN GREYの間においては全くの無縁だった、ということになろう。

 常識を超越していくだけの強大な力を持った、二者の競演。贅沢かもしれないが、またこのような奇蹟が起こることを願いたい。